白紙の手紙はうそをつかない・前

(ファンタジー・日常)

「ラブレターを送るなら、スタンフォーレの郵便局には頼んじゃだめだ」
「……」
「だって、やつらの配送は正確だからな」
「……」
「ほら、返事がなかった時に落ち込むだろ?」
 フリントは少しばかりジョークの分かりやすさに譲歩したが、どうやら私の表情筋はピクリとも反応しなかったようだ。フリントに私がここ数日意味の分からない手紙に悩まされていると言ったらどんな顔をするのだろうか。
 言わなかったので、フリントはぺらぺらとしゃべり続ける。
「あの、ここの郵便局に頼むと、なんでもかんでも正確に配送されるだろ? だから、ラブレターを書いたとして、返事がなかったってことは……つまり、あー」
「みなまで言うな、フリント」図解までしそうな勢いのフリントを、ロイがなだめた。「お嬢さんはお前さんの言ってることの意味はわかっとるし、お前さんの話が面白くない」
「じいさん、そんなはずはねえよ。爆笑ものだろ! この前、飲み屋の姉ちゃんに話した時はさあ……」
「愛想笑いだ」
 ロイにばっさり切り捨てられたときのフリントの顔は、ちょっとだけ面白かった。やっぱり、私が笑うほどではなかったが。
 フリントは困ったようにはにかんで、それにも私がつられないことを確認すると、自席に戻って仕事を再開し始めた。
 最近になって気が付いたわけではないが、私には社会性がないような気がする。

***

 私がスタンフォーレの魔術師ギルド支部へ来て一番驚いたのは、業務中の雑談が当たり前だということだ。
 中央で働いていたころには、就業中に無駄口を利くなど考えられなかった。こちらでは、おしゃべりもまた仕事の一部のような扱いである。
 もうひとつ挙げるとするならば、ひっきりなしに客がやってくるということだろうか。それも、顔を見せるのはローブを纏った同業者ではなく、先ほどまでクワで小作地を耕していたようなようなふつうの住民たちなのである。
 扉に取り付けられたベルの音が鳴った。すかさずフリントが間の抜けた声で返事をした。彼にとっては、紙や機材を相手にするよりも、客とおしゃべりする方が気楽なのだろう。フリントは事務椅子の向きを変えて壁を蹴り、座ったまますいすいと目の前を横切って行った。
 これでいいのかと年長者の顔を仰ぐと、ロイは地震計が吐き出すグラフの用紙を浴びながら、椅子の上で首を傾けて睡眠をむさぼっていた。私はインクがくっつかないように記録用紙を巻き取りながら、鉛筆で今日の分の記録をつける。とりたてて目立つところのない記録である。
 スタンフォーレ支部で働く職員は、ロイとフリント、新参者の私の3人だけだ。それに加えて、週に一度、引継ぎのために前任者のマチアナがやってくる。
 一階の事務所は本棚で区切られているだけなので、とても風通しが良い。机に向かう私に、フリントたちのおしゃべりが聞こえてきた。
「明日晴れにならねえか?」
「晴れたらいいんです?」
「そろそろ雨が降ってくれたらいうことねえな」
「じゃあ雨にしましよう」
 フリントはやけにきっぱり言った。
「でもすぐには無理かもしれません、2・3日から1週間、お時間を頂きますよ、っと」
 ありがてえもんだ、とは住民の声。
 私は思わず天井を見上げる。
 ここからでは板張りの木目しか見えないが、上の階には気象観測のための設備がある。私はあまり二階を任せてはもらえないのだが、とにかくごちゃごちゃした、支部の要といってもいいような業務はほとんど上で行われる。
 スタンフォーレの南の端に立っている気象台は、正確に言えば気象観測所には、いや、そこで働く魔術師にしろ、天気をどうのこうのする機能はない。ここでのギルド員の仕事は、あるものをあるがままに記録することに限る。
 しかし、フリントが言っているのは、まるきり嘘というわけでもない。一週間くらいすればそろそろ雨のひとつでも降るだろうということだ。
 まるで詐欺みたいな言い分だが、スタンフォーレの住民がやってくるのは単なる愚痴がメインだったりするわけで、天気予報が当たろうと外れようとどうだっていいわけだ。
 他愛ないおしゃべりは、今度は農民の娘婿の話へと移っていた。ここにいるだけで、私は会ったこともない住民の家族関係に詳しくなっていく。
”好物はミートパイ”。手帳に書き込んでから、ばかばかしくなって塗りつぶした。インクが撥ねて、手のひらに黒い染みを作る。
「お、新顔。お嬢ちゃんも天気をなんとかしてくれんのか?」
「あっ、この子はとっておきですからね」
 どうもとっさに言葉が出てこないなあと思っている間に、フリントが私の代わりに会話を受けていた。
「我々の最終兵器なんですよ。なんたって中央の優秀な魔術師ですからね。彼女一人で、並みの術師5人分に匹敵します」
「フリント5人か。すげえのう」
「いや、俺だと3人前にはなるし」
 フリントはよくわからない見栄を張った。
「フリントが3人もいたらうるさくてかなわないだろうけんどな」
「いいでしょ?」
 手についたインクを洗い流しながら、私は流し台に転がっているトウモロコシを眺めていた。太陽を溶かしたようなかご一杯のトウモロコシは、住民からの差し入れだった。トウモロコシのひげから土がこぼれ、排水溝に飲み込まれていった。
 魔法なんて言っても、天気ひとつ好きにはできない。呪いと言っても、日当たりが少し良くなったり、皿が割れにくくなるくらいが関の山である。
 カウンターを横切ると、住民が私を拝んでいた。おしゃべりをやめさせる呪文はないものか、と私は思った。
 フリントはきひひ、と笑った。

***

 帰るころには夕方だったが、家につくとすっかり日は落ちていた。
 山積みになった段ボール箱の柱を分け入るようにして、私は部屋に入った。晩の用意がなにもないことを思い出し、渡された包みを破った。ゆがいたトウモロコシは、三人で三等分しても十分に余りある量である。
 何をしようかと考えて、私は少し自由をうっとおしく思った。
 中央にいたころは、それこそやることが山のようにあったものだ。ギルドの本部は、優秀な魔術師が大勢肩を並べ、身を削って努力しなければ波にかっさらわれるように人が消えていくような場所だった。ギルド員であれば当然一読しておかねばならないとされている書籍のリストを消化していると、寝ることすらままならないのもざらだ。
(私は、こんなことのためにここにやってきたのだろうか。トウモロコシをかじるために?)
 辞令を言い渡されてから三日後には、私は汽車に揺られていた。
(バカバカしい。スタンフォーレに何があるっていうんだ)
 なにもない。
 ここにはなにも。
 しんとした暗闇の中、ポストが軽い音を立てた。背筋が凍る。自らの怠慢を指摘されたような気がしたのである。
 ポストを開けると、またシンプルな封筒が一つだけ入っていた。小さな箔押しの加工の便箋と封筒は、魔術師ギルドからのものだ。表には私の名だけが簡潔に記されている。そして、中には……何も入っていない。
 息をついたところで、息を殺していたことに気が付いた。ほかに郵便物はない。私がこちらに来てからというもの、養父母は沈黙を貫き通していた。
 どさりと床に寝そべって、白紙の封筒を透かす。
 運命というものは、見習いには分からないほどに曖昧だ。魔術師ギルドでは、具体的な指示が飛ばされることはほとんどない。各人は政治的やり取りの底意を汲んで行動し、訳の分からないままに成功して、理由など分からないままに失脚するのだ。
 私は、コートのポケットから手帳を取り出した。手帳にはこちらにいる一月の間に聞き知った出来事が書かれていた。塗りつぶされたミートパイの走り書きに鼻白んだところで、私の字で書かれた無機質な一文を見つける。
”フリント:要注意人物……過去に、ギルドの金を持ち逃げした前科有り”
 嫌な汗がにじんできて、私は文字から目を背けた。
 同僚の秘密を探ろうなどとは、まるで恩知らずだ。
 私は封筒を無造作に部屋の隅に放った。空っぽの封筒は、こちらにいる間にもう一束になっている。
 私は、ここで何を為せばいいのか、何を為さねばならないのか、未だ掴めずにいる。何もしないということは、白紙で答案を提出するに等しい。
 問いのない答えに、無理やりでも結果を出さなければならない。
(なにをすればいい?)
 魔術書の山は、こちらに来てからというもの箱に入ったまま手を付けられてすらいなかった。『読むべき本』のリストは長くなり、私は、私のいるべき世界から遠ざかっていく。
 手帳の空白のページは文字で埋まっていくたびに、私は背表紙まで追い詰められているようなきがした。何かに押しつぶされるのを先延ばしにするように、私は新しい紙を糊付けして頁を増やす。
 ここにいれば、何かが分かるんだろうか。

***

「ちょっと、どいてもらえませんかね!」
 りんとした声が響いた。少しうとうとしていたかもしれない。私がよけると、マチアナの巻き毛が目の前を振り子のようにかすめていった。
「クラウディウスでしたっけ? ご実家が遠くてお寂しいの?」
「そういうわけでは」
「じろじろ見ないでよ!」
「おい、おい、マチアナ。そんなにつっかかるなよ」
 いきり立つマチアナを、フリントがなだめた。
 土曜日は、ギルドにマチアナがやってくる。
 この席は、私の席というよりもまだ彼女の席と言った方が正しいのかもしれない。椅子には可愛らしいピンクのカバーがかかっている。引き出しの2段目と3段目には、マグカップやらその他こまごまとした筆記用具やら、マチアナの荷物がぎっしりと詰まっていた。
マチアナ「お前のよそ者嫌いは知ってるけどな。もうこっちにきて一か月になるんだ。いい加減慣れろよ」
「一か月っていうけど、その分、仕事、きちんとできてるわけ? 大体、気象観測すらしないでなにするわけ?」
「そ、それはおいおいだな……」
 マチアナは低い身長を補うように胸を張る。
「だいたいさあ、中央がなんだってのよ。都会のほうがそんなに偉いの?」
「マチアナ、ほれ、ちょっと手伝ってほしいんじゃが」すかさずロイが口をはさむ。「お前さんじゃなきゃ分からんところがある」
 マチアナはふんと鼻を鳴らすと軽い荷物から手提げに突っ込んでいく。これで2番目の引き出しの半分ほどがからっぽになる。このペースでは、いつまでも引っ越しは終わりそうにない。
「なんだって忙しい時間に来るのかねえ。あいつもこの場所が好きなんだろうな。その、悪気があるわけじゃないんだ。たぶんな……」
 私は頷いた。彼女の残したマニュアルは丁寧で、非常にわかりやすい。
「気象観測だが」フリントは続けた。「屋上は、新人には危なっかしくてな。そのうち任せることになると思うが」

 スタンフォーレ支部では、まだ私が任せてもらえない仕事がいくつかある。その一つが、屋上の天体観測のための設備に関することだった。どこもかしこも風通しの良い場所ではあるが、二階以上は厳重に閉まっている。器具の手入れをする時でさえ、それとなくロイかフリントが一緒だ。
 観測所という以上は、観測記録をつけないことには仕事にならない。そも、データの収集など率先して下っ端がやるべき雑用のはずだ。
「ちょいと待ちなされ」
 屋上に行こうとする私を、ロイがとどめる。
「そろそろ大丈夫と言われました。マニュアルがあります」
「フリント!」
 ロイは私を無視してフリントを呼んだ。ロイに呼ばれると、流し台で頭を洗っていたフリントが泡をつけたまま現れる。
「上だ。付き合ってやれ」
「へいへい」
 フリントは、私が断る前に身支度を追えていた。銀髪からぽたぽたと水滴を垂らしながら、ゆっくりと先を歩いていく。

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