ランプと子鬼

(童話)

 お嬢ちゃんの蒼い瞳、おりゃあ酷くそれが欲しいなと思っていた。おりゃあそんときは干からびた木偶の子鬼だった。おりゃあ根っからピカピカ光るものが好きだった。なんとなくきれいなガラス片を沼の底から拾ってきては、だいじに木のうろの中へ入れておいたりといったことをしていた。そうすると誰にも見つからないはずだった。しかし、お嬢ちゃんはおりゃあの宝物をめざとく見つけてはしゃぎ、ちゃっかりポケットにしまい込んだのだ。

 お嬢ちゃんは、いつも小脇にお人形を二つ三つ抱えていて、そいつは見るたびに違うかたちをした人形だった。おりゃあは綺麗じゃねえがお嬢ちゃんにとっちゃ同じようなもんだったかもわからね。
 お嬢ちゃんはどんなに日差しが照っていてもおりゃあの沼には入ろうとしなかった。おりゃあ最初は優しい声かけたが、お嬢ちゃんのが何枚かうわてだった。お嬢ちゃんは情けなくかかったボロ橋にただただぼけっと佇んでておりゃあとよく話をした。おりゃあなんどかお嬢ちゃんにそのきれいな目玉をくれねえかと交渉したのだけども、お嬢ちゃんはいつでも首を横に振っていいえと言った。するとお嬢ちゃんの巻き毛ががふるふると左右に束になって揺れて頬に引っ付くように近づいては離れて、おりゃあ礼儀正しい巻き毛だと思ったもんだ。
 だからおりゃあは何度でも聞いたが、そのたびに巻き毛は規則正しく揺れた。

 だけんども、お嬢ちゃんは沼のへりなら安全だと思ってた。そんなこたあないのだ。おりゃあ陸の上だって、むしろ陸の上の方がきちんと動き回れるのだ。でもそんなこと勝手に線ひいて安全ぶってるお嬢ちゃんがおかしくておりゃあなんとなくそれを守っとった。口にはしねえがなんとなく決まりごとみてえなもんだった。

 お嬢ちゃんに会ってからというもの、おりゃあどうにか朽ち果てても脳みそは残るように必死で暗算するのが癖になっていた。するとやっとのことで10まで数えられるようになった。
 おりゃあ小鬼にしては賢かったけども、偉くなってもその後はどうしたらいいかわからんかった。
 おりゃあ、次お嬢さんに会える日が楽しみで必死に計算していたのだ。

 おりゃあお嬢さんが来なかったときは住処の沼に木の棒でガリガリとかたい地面に一本線を削っていたが、そのうち線はおりゃあのテリトリーからはみ出ちまった。次はなるたけ細い線を線と線の間にひっかいて書き足したけれどそれでもまだ足りなかった。たいていはひとつきもすればどれかの日は水が増し泥がぬかるんで、するとお嬢ちゃんと合った日のおりゃあの備忘録はまっさらになった。
 おりゃあそのたびにお嬢ちゃんと会ったのは三日前のことじゃないかと落胆するのだけれど、どうにか二十までは覚えていたつもりだった。それから先はわかんね。

 長い間が空いたども、おりゃあはなんとか意志があったから死なねえど仲間はばったばった土に還った。んでもいつのまにかぼこぼこ増えてるのだ。おりゃあは違いがわかんねえど別にいい。んでも、お嬢ちゃんが来ねえのは計算ではわかったども、心の内には信じていた。なんとなくわかるもんだし、万が一にもし死んでしまっても、お嬢ちゃんが来たかどうかは果たしてわからないまま死ぬのだからそれは同じことだとおりゃあは思っとった。

 おりゃあお嬢ちゃんのこと一切覚えてるつもりだった。嬢ちゃんといいにおい、甘い香りと少しの汗の混じったようなあの匂い。それとあの蒼い目だ。しかしだあのお嬢ちゃんが年取ったばあさんになってたらわからね。歳取りゃろくすっぽ同じに見える。春になりゃニンゲンの死骸が二、三とおりゃあの沼に流れ込んできておりゃあにはもともと太いも細いも骨だけじゃ削れてんのか見分けがつかね。そんで、そんの瞳は白く濁ってつまらねえのだ。

 単調な毎日が続くと、おりゃあは死なねえけども、よく寝るようになった。日差しでかわくと泥が渇いて皮膚がぱきぱきになった。おりゃあは別に構わなかったが、起きるたびに喉がひっからびていてなんだか勿体ないども思っていた。

 ある日のことだ。乾いた臭いが鼻についた。嵐が来るな、とおりゃあはすぐわかった。そんでしばらくじっとしてたけんども、焼けるようなにおいがしておりゃあは飛び上がった。燻ったにおいはすぐ収まって、それでもじっとしていると、煙といっしょに遠くに人影がふたつみえた。女と、びっこをひいたニンゲンだった。おりゃあすぐ女のひとが嬢ちゃんだって、すぐわかった。そういうふうになんだか直感したのだ。
 この暗さじゃあ住み慣れたもんじゃないと足場なんてわかんね。おりゃあピョンピョンとわたる様に石を跳ねた。びっこは木の棒を必死にこぐようにしながらぬかるんだ地面をぐらぐらと目の前を横切るように辿っていた。鉄さびのようなにおいがした。
 おりゃあわき道にそれて、流れてきた鉄棒を手繰り寄せると、行き倒れた旅人のランプをぶったたいて火をつけた。そして棒のさきっちょの金具に引っ掛けて頭上に掲げた。おりゃあ風にあおられてバランスを崩してこけそうになった。けんども踏ん張って、そのまま棒をがっしりと握りながら左右に必死に振った。お嬢ちゃんはこっちを向いて気が付いたようにびっこの手を引いた。びっこは戸惑ったようだったが、覚悟を決めたようにこちらに向きを変えた。ランプが一瞬吹かれてちらついた。橋はなんだか不安定そうにゆらゆら揺れていた。明かりを狙うようにびゅっと矢が飛んできて、それがお嬢ちゃんが息を飲む声のような気がしたんでおりゃあはむしろ懐かしく思った。おりゃあは離してなるもんかとしなる鉄の棒を掴んだ。やはりびゅんびゅんと矢が掠めたが当たったところでおりゃあ木の的みてえなもんだった。いっこう痛くねえのだ。しかし関節を射抜かれたば急に動きにくくなった。仕方がねえと、おりゃあ片足でけんけんと欄干に乗った。
 びっこが渡りきるのを見ると、おりゃあは矢じりでがつがつと緩んでいたロープを削り、橋を落とした。みしみしと言う音がして古ぼけた橋は容易に落っこちた。
 おりゃあはかついだ棒を投げ捨て、あたりはふっと真っ暗になった。
 ざくざくと落ち葉を踏む音だけがした。満足してニッと笑うと、三日月みたいな口がひん曲がって、一瞬だけ、水面に反射していた。
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