魔女の引退

(ファンタジー)


 およそ10倍の季節の廻りで植物を咲かせる<早咲きの呪文>を極めたブルームーズは、10人のひ孫たちから花束の代わりに種が植わった鉢を贈られ、鉢を抱えているのとは逆の手で、集まった人間に対してにこやかに手を振った。
 魔法使いの男が粛々と引退することが多いのに比べたら、年配の魔女の引退式というのはことさらににぎやかでお喋りが多い。
 ひょっとすると、お喋りで社交的じゃない魔女は誰にも知られていないだけかもしれないが。ロンファは、ほんの少しだけ自分の考えに保険をかけた。

 ブルーム―ズが壇上に上がりマイクを持ち上げると、彼女の帽子がぐらりと傾いた。ブルームーズの大きなふちの帽子には、いつも違った花が絡みつくようにして植わっている。普段は、大体はアサガオと言ったところなのだが、今日はとびきり陽気な南国の色とりどりの花が華麗に咲いている。不意にこぼれ落ちた蔦が、ゆったりとバランスをとる。
「お集まりの皆さん、このたびはあたくしの引退式にお越しくださってどうもありがとう」
 ブルーム―ズは慎重に魔法を抑えながら、ゆったりとした緑のローブをたくしあげてあいさつをした。

 ブルーム―ズが1フレーズを話し終えるたびに、鉢植えの色は散り散りに入れ替わる。これでは聴衆は目を奪われていればいいのか、それとも耳を傾けていればいいのか分からない。鉢植えの中では、鮮やかな花が色を失い、しなびたかと思うと種を吐き出す。
 肝心のところで、誰かがくしゃみをし始めてどっと笑い。
 事務的な話題を2,3終えると、ブルーム―ズは優雅に帽子をとってお辞儀をした。盛大な拍手が会場を割れんばかりに包み込んでいた。

 弟子たちは慣れた手つきでミツバチを避けながら、大量の収穫物で笑いあい、新たな門出を祝っていた。収穫物は主にベリーと、それからジャガイモやトウモロコシだ。
「ねえ、おばあちゃま、引退するとどうなるの?」
 ロンファに話しかけてきたのは、ブルーム―ズのひ孫の一人、アルセットだった。
「引退した魔法使いは、表舞台には出てこないよ。俗世から逃れてね、ゆったりするんだ」
ロンファはアルセットのとろんとした緑色の目に、師のおよそ8分の1の面影を感じ取っていた。
「お別れなの?」
 アルセットの目に涙が浮かんだ。
 何か一つでも頂点に立った魔法使いは引退をするのが慣例である。それは、世間に技量が認められたという証左でもある。別に強制されてのことではないが、退屈が人生を蝕むようになると、魔法使いは進んでそうする。
「偉大な魔法使いは、世界を運営する側に回るのさ。大丈夫、ほんのわずかな間だから」
 ロンファがどう答えたらよいのか分からないでいると、兄弟子のラクセンが代わりに答えた。アルセットはようやく笑顔を見せた。
 その隙に、兄弟子はかごからベリーを取り出すと、アルセットの口に押し付けた。ロンファはぎょっとしたが、ラクセンはロンファにも同じようにベリーを差し出した。ラクセンは、教え子の中でもひときわに見目麗しかった。ブルーム―ズよりもはっきりとした銀髪で肌の色はないに等しいほどに白いのだが、行動はひと一倍に積極的だ。

 最後の仕上げにブルーム―ズは弟子たちに一列に並ぶように指示をした。弟子たちはおおむね帽子を含めて背の高い順に彼女の前に並ぶ。
 ブルーム―ズは、弟子たちにそれぞれ杖やカーディガン、いくつかの種、そして鋭いガーデニングのスコップや、金の模様の入ったジョウロなどを渡していった。予めめいめいが決めていたものである。一人通り過ぎるたびに、弟子たちはどこかしら一か所が立派になり、ブルーム―ズは普通の気の良いご婦人といったなりになった。
 いちばん最後はロンファだった。ロンファはブルーム―ズに抱き寄せられると、頬にキスを落とされた。見上げてみると、ブルーム―ズの笑顔と、緑の帽子が目に入った。
「泣くんじゃありませんよ」
 ブルーム―ズは寂し気に笑った。ロンファがもう一度体を預けると、ブルーム―ズはぎゅっとロンファを抱きしめた。ロンファは自分は泣いていないとばかり思っていたのだが、ぽろぽろと涙が出てきた。それから、ロンファは最後に残った魔法使いの帽子をかぶせられて、ぽんと兄弟子たちの列に並んだ。

 ブルーム―ズは、日傘と、旅行鞄にも満たないような大きめの花柄のポーチを抱え、小舟の上から手を振った。
 小旅行にでもいくのかといった体のご婦人を、みなが眺めている。その姿はなんだか、知っているブルーム―ズよりも幾分か若く見えた。ロンファはなぜだか熱いものがこみ上げてくるのを感じて、帽子を眼前に持っていって涙を隠そうとしたのであるが、ラクセンがロンファの首に腕を回して、帽子をひょこんと後頭部へ押しやった。
 ロンファは、先生に泣き顔を見られたくはなかったのだが。そうすると船はずいぶんと遠くへ見えた。もう表情はうかがい知れなかったけれど、帽子から大量の花がこぼれて、笑ってるんだと思った。
「ほら、先生は行ってしまったし。言いつけに従って面倒は見てあげるから、こんどから私を先生とお呼び」
 ラクセンは笑ってロンファを小突いた。
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