ゴーストヘッド・異形頭

(奇譚)

1.かぼちゃ頭とかかし

「死人にゃあ足がない、なんてこと言ってたたのは誰だったろうなァ」
 うず高く天にそびえ立つゴーストヘッドの丘の上で、かぼちゃ頭はぼんやりとして、頭を右にもたげてぼやいた。
「さァ、誰だろうなァ。そんな適当なこと言った奴ァ、俺ァ生き埋めにしてやりたいよ。気がついてみりゃあ、なくなったのはかしらの方だ。連中ってのは、いいとこばかりもって行きやがる」
 かぼちゃ頭の真似をしてかかしはそう言うと、体を十文字にピンと張った。鉄塔にそびえたつ十字架のような、堂々とした風情があった。上空をやかましく旋回していたカラスたちがオレンジの日だまりの中をわざわざ通り過ぎていった。
 なんだか、偉くなったような気分で、ふたりはけたけたと笑った。
「実際、さ、明日には忘れるさ」
「なんたって俺たち、能なしだもんな」
 かぼちゃはからかうように言った。
「お前はおがくず、俺ァ甘ーいかぼちゃのペースト」
 かかしはむっとして言いかえした。
「俺ァおがくず、お前は苦ーい腐ったかぼちゃ」
「食べてみなけりゃわからんさ」
 はん、とかぼちゃはかかしをあざけったので、かかしはますますむっとした。
「ああ、ああ、そうとも。そいつァ正しい。だが、俺の方が長生きするんだ。確かめようがあるものかい」
「どういう理屈だ?」
「俺が先に死ぬとだなァ」
 かかしは苦しそうに一声、ウッと漏らして、ぼすりと畑の土に倒れた。瞬間、ぎゃあぎゃあとカラスが急降下して、かぼちゃ頭に群がった。
 カラスのくちばしにつつかれて、かぼちゃ頭は悲痛な悲鳴を上げた。甘い皮が僅かに飛び散って、かかしは声を殺して笑った。
「こうなるからな」
 かかしはつぎはぎの紳士服を引っ張りなおしながら、体を左右に振って起き上がり、帽子を投げてカラスを追い払った。かぼちゃ頭は、悔しそうにしょんぼりとした顔をした。かぼちゃ頭の頭は、ところどころ、カラスについばまれ欠けているのだった。オレンジ色の夕日が半ばまで沈み込んで、かぼちゃ頭を外側から照らしていた。

2.かかしと猫

「ンでよ、あのかぼちゃ野郎はカラスどもに捕まって落ち込んじまったわけだ」
 吹きすさぶ秋風の下でかかしは言った。
「でもなァ、カラスどもは賢いぜ。奴の頭が、甘くなければ連中だって食うものか。まァ、こんなこと、俺は教えてはやらねェが」
 かかしの話し相手は黒い猫だった。猫は、キャンディをくわえて思慮深そうにじっとしていた。猫の石の瞳を見ていると、かかしは急に切なくなってたまらなくなった。猫の目は、かかしにカラスのつやつやとしたくちばしを思わせた。しっとりとした石が影を落していた。
「ねえ、俺たちにはなんで頭がないんだろう?俺はどうしてかかしなんだろう?どうして、俺は人真似しかできないんだろう?もしかすると、俺は、……僕は何か、別の世界で、悪いことをしたんだろうか?ギロチンにかけられるような、そんな……。ぞっとするような悪いことを」
 かかしはうなだれてじっと猫の反応を待った。
 空には、星が瞬いている。猫の態度が変わらなかったので、かかしは心底ほっとした。寒い夜、のどにさわりの良いあたたかいスープが、ぽっかりと開いた胃に流れ込んでくるようだ。ほうと息をつくと、かかしの口から白い煙が吹き出した。
 かかしの手は、猫を撫でようか伸ばしたが宙で戸惑い、しばらく制止していた。考えた末、かかしはわらくずのこぼれた自身の腹をそっと撫でた。

3.かぼちゃ頭とかぶ頭

 同じころ、かぼちゃ頭の隣に座ったかぶ頭は、静かにかぼちゃ頭を眺めていた。かぶの白く丸い頭は、月のように夜空を丸く切り取ったようでよく映えていた。かぼちゃ頭はその隣で、顔を真っ赤にしていきり立っていた。
「かかしの野郎、かかしの野郎、ぶっ殺してやる」
 かぼちゃ頭は、長い間ぶつぶつとそう言っていた。かぶ頭はじっと待った。かぶ頭が、カップの紅茶を飲み干してしまうくらいにのんびりとやりすごすと、透き通るような空の温度に、かぼちゃ頭はだいぶ冷えたようだった。くり貫かれた目玉から、刺すような赤がふっと消えた。
 かぼちゃ頭はかぶに尋ねた。
「なあ、かぶ。お前はそんな野菜頭だが、俺たちの中では一番、頭がいい。お前なら、知っているんじゃないだろうか」
 かぶ頭は小首をかしげ、微笑したと思われる。
「知らなくてもいいから答えてくれ。俺たちは、いったいなにものなんだろうか」
「そうだなあ」
 かぶ頭は彼なりに考えてみたが、どうもしっくりこなかった。
「俺とお前はこうして喋っているが、口もないのに、どうやって喋っているんだろうか?」
 かぶ頭はぐるりと白いだけの頭を回転させた。
「端から見ると、置き物に喋るような感じかもしれないなあ」
「アイツと一緒にしないでくれよ!」
 かぼちゃ頭は身震いした。
「憎きアイツと、俺が?棒立ちのアイツと、俺が?一緒だってのかァ?……かぶとかぼちゃよりか?なアァ?」
 最後の方は、自信なく消え入りそうな声だった。
「どんなタコ足コンセントだって、おおもとは一緒さ。ねえ、許しておやりよ」
 かぶ頭は慰めるように言った。
「彼は、君が、怖いのだよ」
 君が居なくなれば、彼が、かかしである必要もなくなってしまうのだから。ガラクタと一緒だ。かぶ頭は、それは、言わないでおいた。だから、あたりは少し静かだった。
「なんでえ!」
 かぼちゃ頭は首を大きくぶるぶると左右に振った。
「なんでえ!」

4.かぶ頭

 きらきらと星が光るか光らないかの違いで、ゴーストヘッドには夕方と夜しかない。あるいは、昼間は寝ているからわからないのだろう。
 かぶ頭は、かぶとは似ても似つかない姿をしている。かぶ頭は、そのことについてじっと考えていた。かぶ頭は、丸いお手玉に白い巾着をかぶせて襟元で思い切り絞ったような頭をしている。
 自室にて、かぶ頭はそっと布越しに脳みそをさわってみた。柔らかいコットンのような、詰まったガーゼのような手触りがはねかえってくる。ぐっと押し込むと綿はつぎつぎと指の腹に押されてより密度を増す。金属のように、とまではいかないが、しぼった雑巾のように頭が堅くなって、ああ、もうちょっと押すとまずい気がする。中身が飛び出してしまいそうだ。かぶ頭は手を離した。ゆっくりと時間をかけて布がもとの状態に戻る。その間、かぶ頭の考えはからっぽだったが、なんとなく背筋がぞくりとした。チキンレースのような妙なスリルだ。
 同じように、かぶ頭は、ネクタイのようにぷらんと前に垂れ下がる巾着の赤いひもを、少しいじってみることがある。人差し指で絡め取って引っ張ると、ぐっと首が締め付けられるようになる。かぶ頭は、これを天井の梁からぶら下げてみたらなあ、なんて夢想することもあるが、ひもを緩めたことはない。自分が何でできているのか、知ってしまえば戻れないからだ。もしも、中身がつまらない乾いたあずきだったりしたら、かぶ頭は迷わず死んでしまうだろう。考えられる限り、いちばん素敵な方法で。

 けれど、死ぬのもまた怖いのだ。
 かぶ頭はいすの背もたれに寄りかかり、開いただけの本を机に置くと、外に出た。
 外気に触れると、とりあえずは自分を縁取る形が肌でわかる気がする。そうすると、ややほっとする。だから、かぶ頭は夜が好きだ。
 かぶ頭は、遠目にかかしを見つけた。かかしは猫の置物とにこやかに喋っていた。冷えた星空の下、畑は寂寥感と幸せに満ちていた。
 かぶ頭はそのまま、何も言わずに立ち去った。

5.かぼちゃ頭と猫

「なァ。俺は夢を見たよ。俺ァ花屋で、毎日毎日花を売っていた。仕入れてから、一切合切売りきるまで売るんだ。結婚する客にも、葬式する客にもだ。なァ、俺はずっと、花屋になりたかったんだ。なァ、俺は花屋になりたかったんだろうか?俺は、自分の花で、結婚と葬式だけはしたくなかったんじゃないか?なァ、俺は美しい花が、汚い金貨に代わる様を毎晩毎晩眺めていた。水を吸ってなお軽い花束が、ずっしりと重い金になった。そんな夢だ。そんなことを繰り返しているうちに、花の事なんて、もう、忘れちまった。なァ、どう思うよ?」
 かぼちゃ頭は猫に言った。猫の置物は黙って何も答えなかった。
「なんでえ」
 かぼちゃ頭は、誰にともなく、虚空に向かって呟いた。
「かかしの奴、やっぱつまんねェや」
 かぼちゃ頭のぼやきは冷えた星空に吸い込まれていった。深く、深く、永い孤独だった。
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