Undertaleの感想

*undertaleのネタバレを含みます。
*非公式の日本語パッチにお世話になってプレイしました。
*いつものことながら、割といい加減なことを言っていると思います。
あんまり真に受けないでね!

Papyrusさんのブルーアタックを目の当たりにし、攻撃の仕組みを理解したとき、「やられた!」と一瞬あっけにとられ、それから遅れて重力を感じ、さっきとは何の代わりもないソウルの跳ね回る白い枠の中に、ないはずの奥行きが見えたような気がしました。

あの瞬間の、目の前にぱっと新しい世界が開けたような瞬間ったら!
全くもって、undertaleは驚きと発見の繰り返しですね。

後から思えばPapyrusさんの初手の全くやる気の無いように見える攻撃は明らかにタテ方向の重力による攻撃の暗示だったんですが、sansさんの必殺技のほのめかしと、「青い攻撃は動かなければ当たらない」という直前に覚えたやり方で、見事に引っかけられてしまって、もうー、見事に!やられた!

青い骨をやりすごしているときの、「あれ、これってひょっとして動かなければ当たらないんじゃないか? これで戦いになるのか?」という拍子の抜けた気持ちと、「いや、パズルがことごとく機能していなかったし、この愉快なスケルトンならありえるような気もする」という経験則がせめぎ合い、納得しかけたころにパアンとくる不意打ち。

アレンジの入ったテーマ曲をバックに、悔しさがじわじわ「よし、やってやろう」という気持ちに変化していき、えっーと、それで、まあ、勝てたかどうかはともかく。勝てたかどうかはともかくな!!!

あとからじっくりテキストを読んでみると、SansさんはPapyrusさんの必殺技が「その場から動かなければ当たらない攻撃」であるとは一言も言っていないんですよね。まったく、紛らわしい話し方しやがって。わかっててやってるだろー、あの骨は!
あれ、いや、でも、よく考えてみたら、Papyrusさんは結局、犬に盗られて必殺技を使えていないのか。

未プレイの方にundertaleのネタバレを披露してしまうのがことさらに惜しい気持ちになるのは、とても上質な叙述トリックがあるのが一番だと思うんですが、もう一つ、このゲームが充実したアトラクションのように思えたのも理由の一つかもしれません。ジェットコースターみたいに山を登る予感が、背中に這い寄る瞬間があって!!!
どう見ても越えられない壁があるのに、向こう側へは行けるんだろうとわかる瞬間があって!!!
全力で乗っかって気持ちを預けても期待を裏切られはしない、細やかに気の配られたゲームだなあと思います。
1週目には10時間にも満たないプレイの間、何度undertaleに驚かされたかわかりません。

いやーーー、楽しかった!!!

涙ぐんだ箇所はいくつもあったのですが、作中を通して二度ほど泣きました。
一度目はFloweyを許したときで、二度目はラストバトルです。
考えてみれば、私もまたAsrielさんには泣かされっぱなしですね。
ラストバトルはほとんど涙で前が見えなかった。

私、こればっかりは思うんですけれど、Undertaleのベストエンドをクリアした人に一番好きなシーンを尋ねたら、誰だってラストバトルになるんじゃないでしょうか?
だからたぶん、お気に入りのシーンを聞くなら、二番目以降のお気に入りを聞くべきですね。

どれもこれも思い出のシーンなんですけれど、一番笑ったのはPapyrusさんとのデートでした。Undyneさんとのデートも声を上げて笑うほどの威力でしたが、Papyrusさんと遊んでいるときは、ある意味で初めて「友達」と明確に言われたところだったから、とても気持ちが晴れやかで楽しかったのです。
フラれるところを含め、セリフを送るたびに破顔するしかなく、家の中にある物一つ一つまで愛おしいです。

一緒にお食事したり、お料理したり、ミュージカルしたり、本命と鉢合わせてしまったり、undertaleのロマンスはどれもこれも言葉だけ抜き出してみれば割と良さそうなのに、あんなにネジがぶっ飛んでるのはなんでなんだろう。

気の優しいモンスター達はチョロいかと思えば割とそうでもなく、ナンパが頻繁にACTや選択肢に出てくる割にはそれが有効なことは非常に稀で、しっかり(しかも相手が傷つかないように)自分の意思を持っていてお断りしてくるところがとても好きです。

ACTコマンドにはいろいろあるけれど、「好きです!」って言ったり、必ずしもハグとかスキンシップしないと見逃すことができない相手がいなくて(※王国騎士団の犬たちだけはぼうきれで見逃すことができるとはいえ、平和的に解決するならほとんど「撫でる」ことが必須な気もしますが)、あってもそれだけが解法じゃなくって、任意であることがとても好きです。

あ、放っておいたり、ご一緒する方が気楽なモンスターがたくさんいるところもいいなあ。なんとなく、多様性に対する優しさを感じます。

モンスターを見逃すためには相手を魅了する必要は無く、思いやりと気遣いの範囲で事足りる(どころか、アプローチしようとすると距離をとられることが多い)というのは、たとえ、プラスのアプローチであっても、ばらまくことを強制させられないようで、とっても好きです。別にエンディング後にTsundereplaneちゃんにすらフラれてさみしいとか思ってないからな!!!

関連して、友好を暖める時に出る選択肢はどれもこれも腹筋が壊れるくらいに愛してるんですが、セットになってやたら反骨精神のある選択肢が出てくるところがまた大好きなんです。

Undyneさんのおうちに遊びに行って友情を加熱してるときに、彼女が「お前に私を好きになれと強制することはできない。どうしても相性の悪い奴ってのはいるもんだからな」と言いますが、ほんとうに態度でそれを貫いてくるゲームじゃないでしょうか。これを聞いたときにはすでにもう私が彼女を好きで仕方ないってところまで含めて罠だと思いますが、このゲームの審判や、このゲームの判定はとてもちょうど良いなあ。

Papyrusさんの「ワーオ、初デートもまだなのに、もう友達の域まで達してしまったのか」というセリフや、Undyneさんの「フフフ、怖いか? 私たちはこれから大親友となるのだ!」といったセリフは、腹筋に働きかけるだけではなく、端的にこのゲームを表しているような気もします。
なんか、みんなしてダーリンだの究極の気持ちだの言ってくる割に、友情の方が比重が重くないかこのゲーム。



ちょっと攻略上のメタな話になりますが、例えば一週目にFloweyに慈悲を施してやらなくったって、二週目で条件さえ満たしてしまえばハッピーエンドには行けるような裁定はとてもフェアだと思います。
うーん、いや、フェアかどうかはわからないんですが、すごく私の好みです。
あれほどキャラクターのことを好きになるように仕向けておきながら、「許さない」という選択肢も裁こうとせず、許容してくれるこのゲームがとても好きです。
もちろん、そうしてしまうと、お花ちゃんのアドバイスが聞けなくなるので、幾ばくかベストエンドは難しくなるのかもしれませんけれどもね。
ペナルティではなくてデメリット、それも挽回できうるデメリットで済ませてくれるあたりが、とても好きです。

実際、Floweyさんは、たとえヒントをくれたとしても、ベストエンドのラスボス戦では宣言したとおり襲いかかってくるので、この判断も間違いではないんでしょうね。

へっへっへ、それを踏まえた上で見逃してアドバイスをくれるようになったFloweyのかわいさったら、もう・・・・・・。もう・・・・・・。

ベストエンド後のAsrielさんの、「地上では優しさだけで何もかも解決できるわけじゃない」というセリフ、「殺さないで、そして殺されないで」という一連のセリフは、作中を通して一番好きなセリフです。
ポジティブなゲームなのに、ゲームであるからと遠回しに前置きしたように、まるでそれを押しつけてこないところがすごいなあと思います。

ところで、1週目は攻略がわからずTrielさんだけを倒してしまっていたのですが、審判では「何が起ころうとも、それはお前に任せるよ」と言われて、きつい言葉で怒られなかったのがとても印象的でした。すごくほっとして、申し訳ない気持ちでいっぱいになったのを覚えています。
もちろん、ディナーでは身の凍り付くような思いをしたし、最後の電話とFloweyの言葉で2週目を決意したのはいうまでもありませんが。いやうっかりTrielさんをやっちゃった時点で、2週目をやることになるのだろうなとは思っていたんですがね!

セーブの枠を超え、普通のゲームだったら考えられないような細かい変数でこちらを見つめてくるこのゲームは、視線が合ったのかと背筋がぞくぞくするような瞬間すらあって、それゆえに、プレイヤーの起こした事故と故意とを非常につぶさに見分けてくるような気がします。
それが私のプレイ感覚とドンピシャで、いつもわざとの時に限って指摘されるので、びっくりします。なんでバレるの???



ボスと戦闘になって、それから和解して友達になるまでに、「ごめんね/いいよ」のパターンがないところも非常にからっとしていて好みだなあと思います。あれ。いや。Alphys博士はどうだったかな。「ほとんど」にしておこう。ほとんど友達になる前に謝ったり、謝られたりしないというところが好きです。
とどめを刺さなかったときのAsgore王がすまなかったとは言わず、その代わり、これから一緒に暮らそうなんて先のことを語り出すのがとても好きなんですが、ベストエンドで、主人公のソウルを取ろうとしたことを謝罪して、「みんなそうだ」とたしなめられると「それならすまなくなかったね」と発言して「そういうことじゃない!」って言われてるの、非常に和む反面、この王様、すごく柔らかにきわどいラインの発言をしているんじゃないか。

ひょっとすると、「被害者/加害者」みたいな、こっちが行いを許してあげられる立場で相対するのは、Flowey(と、Asrielくん)だけだったりしないかなあ。

あ、敵対しているときのUndyneさんは、「死を持っての償い」みたいなことを口にはしますが、罰しようとしているというよりは、まだみんなの願いを叶えるためにはソウルが必要で、そのモチベーションのために憎しみを抱いているという感じのほうが強いような気がして。

そういえば、Undeyneさんの考えの変化が「人間を滅ぼしてやる」から、「人間にもいい奴はいる」であるのが非常に好きです。ケースバイケースだよね。



思い返してみれば、このゲームに夢中になったのはどっからだったかな。
少なくとも、Trielさんとの戦闘で瀕死になって、「ここはいちど死んでみるかな?」と考えていたら攻撃のパターンが変わり、弾幕がこちらを避け始めたときには、私はもうすっかりundertaleの虜だったはずです。

中盤、Mettatonのニュース番組をレポートしようとゲーム型爆弾を調べ、Mettatonが「物語が四分の三ほど進まなくては私は出てきませんが」とほのめかしたとき、私はほんとうにがっかりしました。もう道中の四分の三が終わったのかと!!!
気持ちとしては、まだ炎の神殿(※時のオカリナ比)くらいの気持ちだったよ私。

ゲームを中断する時にも、頭の中は「プレイする/また後でプレイする」という二択ばかり浮かんでいて、このゲームのエンディングを見るまでプレイすることを投げ出すことはできないのだろうなあと思っていました。
結局、愛しいこの世界から離れがたくて、クリアしても分岐を回収しようと二度、三度と周回をしてしまっているのですが。

日本語訳パッチがとても素晴らしいもので、ジョークやら、おかしみのある言い回しやらを味わえることを含めて感謝の念しかないのですが、英語/日本語の宿命として、どうしても「Fallen child」やら他の絶妙なニュアンスを読み取るほどに英語が得意ではないのは痛恨の思いです。
けれど、ドット絵にノスタルジーを感じるようなくらいの世代だったのは、ちょっとラッキーかもしれません。
まあ、そうじゃなかったとしても、あるいは名作を知るきっかけが何かのパロディであるというのもやっぱりいいものですけれど。
作品が自分のためにあったんだと思える瞬間というのはとても幸運なものだと思います。錯覚だろうとなんだろうと!

2017.3.5
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